結之介の戯言

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久しぶりの歌舞伎町
今日は所用で千駄木に朝から出向いた。
開放されたのは14時。時間だけは、たっぷりある小生は新宿まで足を伸ばし
約6年ぶりに歌舞伎町に足を踏み入れた。
新宿は何度も何度も行ってはいるが、歌舞伎町は久々だった。
噂には聞いていたが、本当に路上に看板がなく歩きやすいのは感動でした。
新宿だけでなく東京都で条例化していただきたいものだ。
ファーストフードからコンビニの看板まで路上にはなく、通りが広く感じた。

歌舞伎町といえば、風俗を連想してしまうが、小生が歌舞伎町を飯の種に
していた頃、取材した店は確認した中では全滅だった。
「テレクラ」が存在していたのには驚いた、今、この言葉を口にすると
ものすごくアナログを感じてしまうのは小生だけだろうか?
思えば、テレクラが全盛だったのは25〜20年前で未だ「ケータイ」という
言葉はなく、「携帯電話」という言葉が最新技術であり、メディアとなるとは
少なくとも一般人は創造もしていない時代である。
一瞬入店しようかと思った瞬間、入店をやめてしまったのは年のせいだろうか
風俗店が減ったことは書いたが、面白いのは「老舗」は健在なこととである
小生が上京した頃に既存していた風俗店は今もなお営業をしている。
逆に増えたのはマンガ喫茶とコンビにだ、小生が歌舞伎町を職場としていた
頃は 2件しかなかったが5、6件はあるのではないだろうか?
人は国籍も人種も変わりないように思えたミラノの前の広場に昭和を醸し出す
サイケファッション(死語!?)を見た時にはさすが歌舞伎町と思ってしまいました。
大久保公園は舗装され遊戯は撤去され大人が球技に興じていた。
多国籍を思わせたのは職安通りに差し掛かるところにあった、
消火栓の案内看板である、広告も開示してあるのがが、その広告
全てがハングル文字でした。
ゴールデン街や2丁目、3丁目に新大久保も徘徊したかったが、
久々に朝から起きていたので体力の限界とを感じ、世間は給料日なのを思い出し帰宅した。
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